2009年06月26日

何気ない言葉

はい、こんばんわ。
ルイサイファです。

ふと思い出しました。
他人には何にも引っかからない言葉に自分だけが何か思うことありますよね。
私にもあります。
高校ぐらいかな?
まぁ柄にもなく悩んでたのかな〜。
そういうときに出会った言葉には助けられました。
今でもその言葉は私の中に生きております。
普通なら流してしまいそうな言葉なんですけどね〜。

ふと思い出したんで書いてみました。
posted by ルイサイファ at 00:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月17日

ある物語

昔こんなテレビ番組がありました。
週間ストーリーランドだったかな?

ある日、突然「神様」が地球上のあらゆる生物に向かってこういうことを言いました。

一番願った数が多かった願い事を一つだけかなえてやろう。
では一週間後聞きにくる。


最初は皆が好き勝手に金持ちやら不老不死など願おうとしました。
しかし、アメリカ大統領、中東の首脳などなど、あらゆる世界の首脳陣が一丸となってテレビなどを利用して「世界平和」の願いを世界中の人々で祈ろうと伝えました。
この願いは一週間をかけて皆の心に染み渡りました。

・・・そして・・・一週間後・・・。
約束どおり「神様」が願い事を聞きにきました。

そして叶えられた願い事は・・・。


人間を

この世から

消し去って欲しい



そう、人間以外の生き物が全員この願い事を願ったのです。
見事願い事は叶えられ人間は世界中からいなくなってしまったとさ。
めでたし
めでたし



このようなことにならないと祈ってます。
ある漫画を読んで、ふと思い出しました。
posted by ルイサイファ at 22:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月31日

戯言

殺って
殺られて
殺り返して。

でも俺が
殺られた時には
殺り返さなくていい。


By レーム(ヨルムンガンド)



ばか!それでは何も解決しないじゃない。
あなたはそれで満足かもしれない。
でも、あなたの仇をとろうとする者が現れないとは限らない。
その論理が繰り返し悲劇を生んでいるのよ。


By 聖戦と死神(Sound Horizon)




使い古された陳腐な言葉だと思うよ。
でも、こんなものなのかな?
そう思いたくないのだがね。
posted by ルイサイファ at 23:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月16日

飲んできました

自分が最善の努力をしたってだけじゃ・・・
役に立ったてことにはならねえんだ
お前が仕事をした気になってるだけだ
そーゆーのは頑張ったっていわねえんだ
そーゆーのはよ
頑張ったていわねぇ・・・・


by 木下藤吉郎秀吉(センゴク)


ズガーンってきた!
泣きそうになったね。
実生活でもあるよね。
っていうか、こういうことの連続と思うんだ。
自分自身であたふたして仕事した気になってそれほど役に立たなくて、それに気づいててもあんまり認めたくない。
分かってるから成長しようと思うんだがな。
くそっ!頑張りてー!

今日も飲んできました。
久しぶりに行きつけの居酒屋に行くことが出来ました。
マスターにお土産渡すことが出来て満足。
今日は基本的にまじめな話だったですな。
こういうときは基本的に話を聞いているときもあるんだけど、自分自身の話になれば積極的に話をする。
微妙に自分のやれる道が見つかった気もするが、今は目の前のことをやることに力を入れているのかな、自分自身ね。
少し落ち着いてきたら自分の未来のビジョンを明確に捉えることも必要だろうな。
上司がいろいろと推してくれているんだけど、イマイチ実感がないっていうか踏ん切りつかない気もする。
チャンスは一杯あると思うんだけどね。
そうやって思ってるだけじゃどうにもならないことも分かっている。
しっかりやらんといかんな。

愚痴っぽくなってしまいました。
駄文申し訳ない。
posted by ルイサイファ at 00:25| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月25日

いろいろ思う

はい、こんばんわ。
ルイサイファですよ。

ちょっとこのHPをみたのだが、

妻からの間違いメール

なんかすごいな。
他のページで紹介されていたのだが、本当に事実は小説より奇なりって感じやね。

まー、私がこれを見て思ったことは、相手のことを考えて食事が取れなくなったり、吐きそうになったりすることなんだけどね。
よく書物でもみるんだけど、ここまで想えるものかね?
正直友人にもこういう奴いるんだけど、なんか羨ましい的な感情が湧くわ。
今頃そんなところまで突き詰めたことない。
っていうか昔はあったのかな?
あんまり覚えてない。

あったのかなー・・・。
そんな恋愛すると楽しいのかな?
結婚するほどの恋愛ならそんなになるもの?
私には想像つかねー。
のめりこめたらちょっと楽しそうね。
・・・こういう事いってるけど、実際付き合うようになったならなってるのかもね。
あー、やっぱ想像できねーなー。


posted by ルイサイファ at 23:23| 東京 | Comment(2) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月04日

閲覧者が多い理由

こんばんわ。
間違えてリンス→シャンプーの順番で洗って髪がごわごわなルイサイファです。

なんか昨日から閲覧者数が多い。
何でだろうと思っていたら、それらしき理由を見つけた。


ちょっとグロいかもしれないからこっちで
posted by ルイサイファ at 23:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月11日

叫び

ルイサイファです。


叫び
posted by ルイサイファ at 12:33| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月30日

なぜコロシてはイケナイの?

はい、こんばんわ。
ルイサイファですよ。

みなさんはTBNというサイトを知っておられるだろうか?
このサイトはその日にあったニュースをまとめたサイトで、私はサイト名が茜17歳だったころから、月曜から金曜日にほぼ毎朝一番最初に見るサイトです。
ここ見れば、大体のその日の流れが分かるし、「本日の拾得モノ」も面白い。
リンクもいっぱいあって、色々なところにいけるしね。
ちなみにここのリンクの一つであるセクサロイドは眠らない
すぐに読める軽い恋愛小説のサイトである。
なんとなく不思議な感じがする物語が多いので、私は好きである。
興味があれば読んでみてくださいな。

話がずれた。
このTBNの1月28日の記事なのだが、一通のメールがこのサイトの管理人のもとに届いた話をしている。
このときから私は見ていたために、この内容は覚えている。
その内容は、長崎男児誘拐事件に絡んだある少女から送られてきた手紙のお話。
少女は人を殺してはいけない理由が分からないらしい。
というか、人を殺したいと常日頃思って生活をしているそうだ。
なぜ殺してはいけないのか?
理由を知りたい。
そして、メールの最後には「助けてください」の文字。

この管理人はサイトにこのメールの内容を載せ、サイトを見ている人々から意見を募った。
もちろん、管理人の考えも載せてね。
これに関する出来事は何週間か続いた気がするな。
そして、多くの読者から100通以上のメールが寄せられ、管理人はこのメール全てを少女に転送し、その後も色々と相談事に乗ってあげていたそうだ。
そして、そのメールのやり取りの記憶は一冊の本となり、希望者には提供された。
私は買わなかったけどね。
そして今回、その後の報告が載せられたというわけだ。
少女はこの手紙の後にも色々と考えて、「誰かを殺したい」から「自らを殺した(自殺したい)」に気持ちが変化し、この気持ちに悩み、また管理人と相談もしながら生きてきたようだ。
そのようなことがサイトには書いてあり、そして最後に一枚の絵が載せられている。
非常にいい絵だ。
なんかいいね。
この気持ちを説明できるほどの能力を私は持っていないのだけど、この絵を見ていると何か顔がほころぶ。
じーって見てしまったね。
この絵は上に書いているメールのやり取りを記録した本の表紙と同じ構図で描かれている。
TBNのサイトに行けば見れますけどね。
全体的に暗い色調から明るい色調に。
そして、少女の手に握られていた包丁は花に。

そして、彼女はこの絵とともに「感謝」の文字・気持ちを読者に送っている。
感謝っていい言葉よねー。
初めて、あるいは改めて感じたわ。
この絵と相まって少し泣きそうですよ(笑。
私は見てただけなんですけどね(笑。


で、これを見て思ったこと。
2年前、最初にこのメールを見た時にも思ったこと。

私ならこの質問になんと答えるだろうか。

答えは2年前も今も一緒である。

誰かが泣くから。

この一言。
まー、漫画からの受け売りなんですけどね。
この漫画を見た時からずーっと今まで心に残っている。
何の感慨もなく、ただ心に残っている。
他に色々と説得力のある理由はあるのかもしれないけど、それでも私はこう言うだろう。
まー、今まで幸せな人生を送ってきたほうだと思っているので、これだけですまないような事情がある人もいるだろう。
しかし、少なくとも自分自身だけでもこの言葉を胸に人を殺すことがない事を願いたい。
やっぱ幸せなんだろうな、私は。

皆さんはこの質問にどのように答えますか?
posted by ルイサイファ at 21:20| 石川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月23日

側面

こんばんわ。
ルイサイファですわ。

今読んでいる小説なんだけど、なんかすげー読むのつらい。
じゃー、読むなって言われたらそれまでですがね(笑

その中の話でもあるんだけど、
人の側面ってあんまり知らなくてもよくないかな?
それも、今までのその人の行動の全ての意味が反転してしまうほどの。
人の事なぞ全部知る事ができるなど思っていないけど、結構深く分かりあう人はそれほど多くないと思うし。

あああ、分かっているんだと思うんだけどね。
多分怖がってるだけだと。
年相応に思うことじゃないとも思ってる。
なんだろうねー。
よく説明できないんだけど、多分怖いってのがこの気持ちを表すのに私の中のボキャブラリーではふさわしい言葉だと思ってるけど、他に言葉を知らないだけかもしれない。

この日記は書いては消し、消しては書いてを繰り返した。
書きたくなかったのだろうな(笑
でもねー、書かないとなんか逃げているような気もしてね。
多分、これ読んでもさっぱり分からないと思うけど、許してね。
さっぱり、自分の中でも整理できてないから。
心に浮いてきても、すぐに沈む。
浮いてきたときにササッと書いてしまわないと、すぐにまた分からなくなる。
今はさっぱり分からない状態。
浮いたときの感情の残りだけで、想像して書いているような状態。
こういうこと書きたかったのか?
自分でもわからんな(笑

駄文申し訳ない。
posted by ルイサイファ at 02:30| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月22日

日常

はい、こんばんわ。
ルイサイファでございます。


生まれてきてごめんなさい

冗談でもよく使われる言葉。
よくよく考えてみると、すげー悲しい言葉よね。
なんか全否定だわ。

まー、今日読んだ小説の一種の中の言葉だけど、この物語をみて思った事。
何気ない日常っていいね。
よく物語にはある手法だけど、どこか一つでも間違えなければこのような日常がおくられていたであろう風景を描写するやつ。
今日読んだ物語にもあったんだけど、あーいいねーと思った。

私自身、そんなに起伏にとんだ人生を送ってきたとは思ってないのだけど、それでもよくよく思ってみると、こんな日常が幸せなのかな?
幸せってものでもないか。
そこまで深くは考えないんだけど、なんかいいねって感じ程度。
あんまり感じる事はないが、ふとどうって事ないときに思う。

まー、それで何?って言われるとなんともないんだけど、ぱっと思ったから書いてみました。
posted by ルイサイファ at 02:41| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月10日

結婚ラッシュ!

はい、こんばんわ。
ルイサイファですね。

今日また友人が結婚するという電話があった。
なんと立て続けに同じサークルのやつが3人も結婚する。

去年の12月に一人。
2月に一人。
そして5月にもう一人。

どうやら私の周りでは結婚ラッシュが始まったらしい。
とうとうそんな歳か・・・。

結婚ねー。
まったく考えないなー。
私がまだ学生だからということもあるだろうが、結婚するには程遠い。
相手もしないしな・・・。
いたとしてもまだ結婚しないとおもう。

結婚を時期で選ぶのか、結婚したいと思う人が現れるのか、私には分からない。
どっちなのだろう?
どっちっていうか別の答えかもしれんし。
・・・付き合えば結婚したいと思うもの?・・・
うーん。

結婚は晩年化しているという傾向があるらしいが、その波に私も乗りそう。
30歳まではしないだろうなー。
・・・こういう事言う奴ほどやるのよね・・・。

自分の結婚は考えられないが、友人の結婚とかはやっぱりうれしいね。
今日電話してきた奴も結構連絡していなかったが、幸せそうで何より。
今度帰ったときに一緒に飲もうかな。
でもなー、サークルの同期で結婚する奴が増えてきた。
最後に残ったらどうしよう!
それはそれでちょっと怖いな・・・。

でもね。
少しだが、自分の両親を祖父祖母にしてやりたい気持ちもある。
やっぱり孫とか見たいだろうしな。
まー、これは妹に頼むとして、私は気楽にいこう。
その前に彼女見つけれって感じだがな・・・。
posted by ルイサイファ at 01:02| 石川 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月11日

コトバ




「だったら一緒に、死んでくれる?」



使い古されたコトバだが
重くない?

ゾクっとするコトバ。
posted by ルイサイファ at 20:52| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月31日

人を殺す言葉

はい、こんばんわ。
ルイサイファですよ。

今日はちょっと重い話。
タイトルどおり人を殺す言葉・話術のお話。

なぜ、このような事を思ったのかというと、今はまっているノベル作家のお話でこういう事があったからだ。
その物語の主人公は話術・言葉により2人の人間を死に追いやった。
直接殺したわけではない。
自殺に追い込んだような形だ。
その主人公に殺すつもりはなかったのか、あったのか、それは分からないが2人は死んだ。
他にも私の好きな映画の登場人物である精神・心理学者もこれまた言葉で隣の人物を自殺に追い込んでいる。
私が知っているだけでこういう話は結構ある。
私の知らないところにもあるだろう。

こういう「人を死に追いやる」言葉・話術は存在するのだろうか?
人間が多分一番強いであろう欲の一つ、生存欲
生存欲がそれほど人間に必要なものか?という前提がそもそも間違っているかもしれないがね。
私自身は生きたいと考えている。
よって、今回はこれを前提として考えよう。
この生存欲を断ち切るまでの言葉・話術。

上述の小説では間接的ではあるが、ある人物が殺人を犯した人物の罪を責めた。
そして、その殺人を犯した者は罪の意識に耐えれなくなったかは知らないが、次の日に自殺した。
殺人という罪に押しつぶされそうになっており、この言葉、会話がただのキッカケになっただけかもしれない。
しかし、言葉により人は死んだ。
しかしながら・・・この罪の意識こそがそんなに人間にとって重いものだろうか?
自分を殺すほどに?
人の命一つ分の罪・・・それほどのものかな・・・私自身では分からない。
だから人の命をもてあそぶ事もやってはいけないし、そうじゃないかもしれない。
そう思わせて殺人を減らすのが目的で植えつけられた社会の記憶みたいなものかもしれない。
よくは分からないがね。
この罪の意識を強烈に刺激する言葉を発すれば殺せるのだろうか?
多分違うだろうな。

今思えば、いじめもそうじゃないのか?
人を殺す言葉、会話。
身体的いじめよりも、言葉や無視などの精神的いじめのほうが耐えれないと聞くし。
この言葉などの責め苦から逃げるために死を選ぶ。
これは多人数対一人の構図か。
少し違うかもしれない。
一日で死ぬというわけでもないだろうし、長期的な考えか。

しかし、どうしようもない状況に追い込む事は上の二つに共通する事だろうか?
自分で何言ってるかも分からなくなってきた。

・・・言葉の持つ意味・・・。
昔、言葉は言霊とも言われていた。
言葉には霊が宿る。
だから言った言葉は飲み込めぬし、責任というか重きを持つ。
大体言葉一つ言ってもとても重い意味を持つものかも。
いじめにしても何にしても言葉による攻撃は人をより傷つける。
そういえば以前経験がある。
喧嘩して相手に「殺す」と言った事がある。
私自身、軽い気持ちで言ったと思う。
しかし、相手にとってそれはすごい意味を持つもので、相手を傷つけるには十分だった。
いつもそうである。

ある方向からみれば大したコトではなくても、ある方向からみれば重大事件にも成り得る。
そして、殆どの場合、やったほうよりやられたほうがダメージが大きい。


これもある物語からの抜粋だが。
言葉であっても行動であってもこうなんだろう。
だから言葉でも人を殺す事は可能かもしれない。
そして、それはひどく簡単なことかも。
言った本人にとってはたいしたことではなくても、相手には殺されるには十分な意味をもつこともある。
まー、その上述の小説ではそんな考えはなかったと思うが。

こう考えると、何もかも怖く思えるな。
言葉一つに霊が宿り神聖化、もしくは畏怖する存在に昇華させた昔の人々の考えも分かる気がする。
・・・今頃はこういう考えが希薄になったかもしれない・・・。
言葉はそう、聞こえる範囲しか効果を持たない。
もちろん、又聞き、伝聞という方法で広がってはいくだろう。
そういう方法で人に伝わったほうがダメージ大きいこともあるかもしれない。
しかし、現在ネットという媒介がある。
このブログもそう。
テレビもそう。
発する言葉が際限なく世界中に広がる。
どこでどういう人にどんな効果を与えているのか見当もつかない。

ネットの発展によるヒトビトの発展。
それはいいコトかわるいコトか。
そういう二元論で考えることすら間違っているのかもしれないな。

最後には何を言ってるか分からないとこになったが、戯言と思っておいてください(逃げの言葉。
posted by ルイサイファ at 20:23| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月22日

神様

はい、こんばんわ。
ルイサイファでございますよ。

一週間前ぐらいだったかな?
テレビで民俗学のお話があってた。
爆笑問題が司会のやつ。
見られた方も多いだろう。
その番組は民俗学をテーマに、神とは何か?魂とはあるのか?呪いとは?などなど私にとってはとても興味深い内容だらけの番組だった。

番組内ではさまざまな意見が取り立たされたが、私の見解では

神様とかは信じたほうが面白い

このような意見だ。
いないと思うよりいたほうが楽しいと私は思っている。
日本の神様の捉え方だと八百万の神といって様々なモノに神様がいるらしい。
そのために針供養などなどモノに憑いている神様に対して供養を行う祭りもある。
番組では針供養の他に今年一年で使われた牛の鼻輪を供養するお祭りなどもあった。
そのくらい日本では様々なモノそのものが神様や供養するものという信仰がある。
そう思っているほうが世界が楽しく思えないか?
モノを本当にとして扱わず、それよりも大事に思う。
そうする事によって大切にするだろうし、長持ちもするだろう。
神様はいない!とか現実的に考えるよりよっぽどいいものだと思うけどねー。

あと神様がいるとすれば絶対神などの1柱の神様より、たくさんの神様が存在する世界がいいな。
何が言いたいかというと、一神教より多神教がいいということである。
一神教は全知全能の神様が一人いる。
多神教は様々な神様がいて、その神様は時々失敗をの起こす。
間違ってたらごめんなさい。
詳しく調べてないからこんな知識しかないが、私のイメージではこんな感じ。

私は多神教の宗教のお話がすきで、例えばヒンズー教にはシヴァという神様がいます。
ファイナルファンタジーにもシヴァと呼ばれる召還獣がいますが、それとは違うかな。
この神様は破壊神と呼ばれ、旧世界を壊して新しい世界を作るといった神様なのだが、目が3つある。
我々と同じく2つと額に1つの合計3つ。
しかし、もともとこのシヴァには我々と同じく2つの目しかなかった。
ある日、ボーっとしていたか知らないが座って我々の世界を見ていた時に、このシヴァの奥さんのパールヴァティーという神様が旦那であるシヴァに悪戯しようと思った。
後ろから手で目隠ししようとした。
ほら、カップルがよくやる行為。
「だーれだ?」「わかったぞ!A(仮名)だな!」「せいかーい、うふふ♪捕まえてごらんなさーい」「よくもやったなー、待てよー♪」・・・・
みたいな!
こんな行為をしたのである。
なんともラブラブ結婚生活!
ところがここからが神様世界の本領発揮。
この奥さんパールヴァティーが目隠ししたところ、シヴァの目を閉じてしまったために世界が真っ暗に!
これはいけないとシヴァが考え、奥さんの手をどかせばいいのに素晴らしい考えをひらめき!
「二つの目が閉じてしまったなら額に新しい目を開けばいいじゃない」
と考え、第3の目を開眼!
そして世界は暗黒の世界から再び明るい世界に戻りましたとさ。
(うろ覚えなので時々作った事もあるが、大筋ではあってます、目隠ししたこととかもね)

その他にもこの夫婦のお話は面白くて好きである。
この夫婦の間にはガネーシャという息子の神様がいるが、この神様の頭は象の頭である。
この象の頭も最初は人間の頭だった。
この話も象の頭になったいきさつもすごい。
奥さんパールヴァティーがお風呂に入るときによく旦那さんシヴァに覗かれていたらしい。
もうラブラブっぷり全開であるが、この行為が奥さんは嫌だったらしく息子であるガネーシャに見張りを頼んだらしい。
そこで覗きに来た旦那さんシヴァは、多分息子のガネーシャに見つかってダメだと言われたのだろう。
ここで神様論理炸裂!
「私の覗きを邪魔するものがいるならば首でも狩ってしまえばいいじゃない!」
と思ったか知らないがとにかく息子の首をはねてしまった!
おおう・・・覗きのために息子の首をはねるとは・・・。
そこまで奥さんのお風呂シーンを見たかったのか・・・。
そこで首をはねられた息子のガネーシャはこの奥さんか旦那さんのどちらによって復活したかは忘れたが、そこら辺にあった象の頭をくっつけられて復活!
これで息子は助かりましたとさ、めでたしめでたし。
(神様呪わないでね・・・)

こういう話が満載である!
面白いっしょ?
私だけかなー?

ここまではヒンズー教のお話だが、神道にもこんな感じのお話が満載である。
一つ知っているのでは、七福神の紅一点、弁財天のお話。
この神様はすごく嫉妬する神様らしい。
なので、弁財天が奉られている神社などにカップルなどで行くと嫉妬して別れさせるらしい。
こんな話満載。

すげー多神教の神様って人間くさくない?
まー作られた物語だと思うから、西洋と東洋で神様への捉え方が違うんだと思うが。

あー、そうそう。
この西洋と東洋の捉え方の違いは他の神話にも現れている。
これがが有名だろう。

蛇は東洋では白い蛇は神様とか結構祭られており蛇神もいる。
それに対して西洋では蛇は悪魔の使いととらわれる事が多い。
有名なのは旧約聖書のアダムとイブのお話。
アダムが男でイブが女ね。
この二人は神様の近くで仲良く不自由なく暮らしていた。
しかし神様からの決まりごとがあって、それは「知恵の実というわれる林檎を食べてはいけない」ということ。
そして、イブがその実のなる木の近くに行ったときに、その木にいた蛇がイブを「この実は美味しいから食べてみて!」という風に誘惑しました。
そして、その実を食べたイブはアダムにも薦め二人とも食べてしまった。
そして人間は様々な知識(たとえば羞恥心など)を得て、神様にも怒られて神の世界から追い出されましたとさ。
こんな感じで結構蛇へのイメージは悪い。
多分西洋では毒などのイメージがあるのだろう。
逆に東洋では脱皮をする蛇に生まれ変わりなどを重ねたと言われている。

龍も同様。
東洋はよく龍神など聞く。
これが西洋だと龍は悪魔になり、神に仇なす生物となっている。

私の知識でもいくつか違うものがあるから、もっとたくさんあるだろう。
よって神様の捉え方も違うと思うが、私も東洋の日本人だから多神教を好むのだろうか?
そういえば番組で言っていたな。
日本ではあいまいさを大切にすると。
神様が人間の世界にたくさんいるとすることで神様と人間の境界をあいまいにする。
神様でも失敗するし、様々な神様が仲良く暮らしている世界だから我々人間も仲良くね。
などなど。
やっぱり考え方の違いかなー。
もしかすると神への考え方とかは人間の根幹の考えかもしれないから、様々調べてみると面白いかもしれない。
だから民俗学という学問もあるのかな?


今日のお話はなんかぐちゃぐちゃだなー。
でもいいの!
神様のお話も出来たし!自己満足!
今また買ってやっている真女神転生Vマニアクスのせいにでもして締めよう。
面白いよ!女神転生!
神様いっぱい!
神様仲魔にできるし、あれこそ東洋の考えかもね!
posted by ルイサイファ at 18:54| 石川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

死体愛好者

死体愛好者の皆様、こんばんわ。
死体愛好者のホームページで検索にひっかかるルイサイファです。

さて、変な挨拶で始まりました今回でありますが、なぜこんな挨拶をしたかといいますと、昨日のHP閲覧数が100を超えました。
うお!と思い、調べてみるとどうやら死体愛好死姦などの言葉で検索にひっかかる模様。
どうやらこのという記事にひっかかるようです。
ほー、さらっと書いた言葉にひっかかるものねーと思い、どうせならこの死姦などで語ってみようと思う。

さて、私はネクロフィリア死体愛好者ではない。
今のところはね。
将来はどのようになるか分からないけどね。

さて、以前に書いたけど、ここでもネクロフィリアの意味を載せておこう。

(ラテン語)necrophilia.
死体を姦淫すること。異常性欲の一種。死姦(屍姦)。
原義は necro(しかばね)+philia(愛すること) で、死体愛好。


こんな意味。
まー、私は死体愛好者や死姦は人それぞれの好みだし、雑誌にも載っている事を知っているためにそこまで超絶異常とは思ってない。
殺し屋1という漫画にはホモで死体愛好者の人もいたしね(この漫画はあまりお勧めできません、正直すごいです。)。
まー、でも世間的にはあんまり受け入れられる性癖ではないんだろうな。
上の説明でも異常性欲って書いてあるし。

でも、こういう死体愛好者の人たちって、生きている時からその人が好きで、その延長上でその人の死体を愛し続けるのか。
それとも生きている間は目もくれず、死んだその瞬間からその死体が素晴らしく感じられ恋愛対象になるのだろうか?
これが分からない。
うーむ、やっぱり死体愛好者だから後者のほうかな?
どの点がいいんだろうか?
表情が変わる事のない顔。
もう動く事もないだろう体。
死姦ってあるからなー、反応しないのがいいのだろうか?
私はなにかと反応あるほうが楽しいんだけどね。

本当にその人が好きで好きでたまらずに前者になる人もいるのかもしれない。
残念と言っていいのか分からないが、私はまだそういう恋愛をした事ない。
なんか物語でこういう話ありそうね。

それともあれか?
もう誰のものにもならないとかそういう精神もあるのかな?
死んだら心変わりもしない、一生私が愛し続けるわ!って感じがしそう、私の中ではね。
あー、それだと亡くなった人を思い続ける人と一緒か。
それの延長上?

こういう考えもいま浮かんだ。
その人と相思相愛の状態で相手が亡くなった場合、その人をそのまま処理でも何でもして残しておけばその人の心もその不変の姿とともにその体に残るかもしれない。
うーん、これだと前者の説明でしかならないな。

もし仮に私が死体愛好者だとして考えをめぐらすと、腐食処理を施した恋人の体は半永久的に死んだ時のまま。
その姿が綺麗だったり、凛々しかったり、可愛かったりする。
それを人形のように見て愛でる。
うおーーー!やっぱり愛でるまでしか想像できない!
姦淫はできないな・・・・。

やっぱり今の死体愛好家ではない私には分かりませんわ。
性欲や性癖ほど人によって十人十色なものはないと私は思っているため、まだまだ分からない事もあるでしょうな。
そういうことを感じた時は再び書くかもね。
では、今日はこのくらいで。
またまとまってないね!
では、ノシ
posted by ルイサイファ at 19:46| 石川 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月25日

はい、こんばんわ。
ルイサイファでございますよ。

今日はについて。
以前も書いたかな?

推理小説など読んでいると、よく人が死ぬ。
ほとんどの推理小説では殺人事件を推理で解決させるわけだから、死ぬのは当然なのだが。

また、ネクロフィリアという言葉を聞く。
死体愛好者ってな意味。
詳しく述べると

(ラテン語)necrophilia.
死体を姦淫すること。異常性欲の一種。死姦(屍姦)。
原義は necro(しかばね)+philia(愛すること) で、死体愛好。


私が結構読んでた雑誌にバックナンバーでこのネクロフィリアが取り上げられていた。
私は読んだ記憶はないのだが。
その雑誌は結構死体等が載ってたりするのだが、この事をこの前ふと思い出した。

このような事を考えている時に思った事がある。
それは

死とは結構身近なものではないか?

ということである。
私の周りには少ないのだろう?
少なくとも人間の死はね。
私自身、葬式には2.3回しか出席した事はない。

しかし、世界で、全人類で考えれば死とはそこまでかけ離れたものではないと思う。
こう書いてる瞬間にも、誰かは死んでるだろうし、その死に方は様々なのだろう。
交通事故、病死などなど。
特に飢餓などの問題を抱えた国ではこの死はより近いものだと思う。

私は交通事故、病死はありえる死なのだが、飢餓で死ぬ事は多分いまのところないと思う。
そう思うと、やっぱり幸せ者だな。
幸せ?自分で書いて死ぬ事は不幸せなのだろうか?
まー、いいや。
直感でさらっと書いたのだから、私にとってはやっぱり死にたくない事なのだろう。

今まで、死そのものは遠い存在と漠然ながら思っていたのだが、上のように考えた瞬間にちょっと近づいたのかもしれない。
それでも、やっぱり死は他人事のような気もするがね。


お話は少し変わりまして。
最初に書いた推理小説では人が必ずといっていいほど死ぬ。
少なくとも、私が読んだ推理小説の中では必ず死んでいる。

その中の一つの小説の中で死体をトリックに使ったものがあった。
詳しくは述べないが、それは死体を完全にモノとして扱ったトリックだった。
この推理小説では、私は途中までトリックに気付いたのだが、この死体を用いたトリックは完全に分からなかった。
小説内の人物も言っていたけれど、死体をモノとして扱うとは・・・と私も思った。

死体に感じるものには様々なものがあるだろう。
この犯人のように死体はもう人間ではなくて、ただの有機体、モノとして扱うもの。
それに対して、死体を尊重して大切に葬るもの。

多分、私もこの小説のトリックに全く気付かなかったので、どちらかというと後者じゃないかと思っている。
日常の葬式などを見ると、後者が多いのかもしれない。

しかし、結構前者も多いのではないかな?
某鋼のアルケミストに出てきた言葉にもあるが、
人間は炭素何%、水素何%、カルシウム何%等などで出ていてる、という。
生きている人間でもこのような存在でしかないと捉えるものもいるだろう。
そうとしたら、こういう人間は死体をそれ以下とも思うかもしれないし、このまんまの存在と感じるかもしれない。
色々な物語などでもこういう人間は一人ぐらいは出てくるし。


人間の死の捉え方は様々。
宗教によっても違うし、国によっても違う。
一人一人で違うものだろう。
即身仏や氏神とかもあるし、もしかしたら神様かもねー。
posted by ルイサイファ at 20:41| 石川 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月23日

太陽のような女性、月のような女性

はい、こんばんわ。
ルイサイファです。

今日はちょっと思った事を書こう。

韓国からは飛行機で関西国際空港へ帰ってきた。
関西国際空港に着いたのは夜20時前後だったかな?
飛行機の席が窓際だったので、外をボーっと見ていたら月が見えた。
雲の上から月を見たのは初めてだったかもしれない。
形は満月にちかく、とても綺麗だった。

そのときにふと思った事がある。
月のような女性という言葉を聞く。
その反対の意味として太陽のような女性という言葉も聞く。
私の中のイメージでは月のような女性は物静かで付き添うような女性。
太陽のような女性は情熱的、元気一杯であり自らで引っ張っていきそうな女性。

ふと、飛行機の中でどちらの女性が好みなのだろうと考えた。
うーん・・・迷うわ・・・。
神秘的という言葉が好きな私だから月のような女性が好みっぽいが、いままでの経験上つきのような女性とはお付き合いした事はない。
どちらかというと太陽のような女性と付き合った事が多そうだ。
うーん・・・不思議だ・・・。


このような事を一人で考えても、月は綺麗でした。
その綺麗さは地上から見ても変わらず。
周りの雲を白く照らしながらますます妖しさを深めて。
そんな戯言。
posted by ルイサイファ at 22:29| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月28日

難しいね・・・

はい、こんばんわ。
ルイサイファですよ。

昨日かな?一昨日だったかな?
元彼女が酔っ払って電話かけてきた。
酔っ払って電話かけてくる事は多いのだが、今回は結構酔ってた。

普通はしない昔のお話をしてきた。
別れる間際のお話かな。
この時の話されるとなかなかつらいね。
昔、書いたかな?
まーいいや。

両方悪かったのかもしれない。
直接の別れはむこうが切り出したんだけど、そこまでにもっていったのは私のせい。
遠距離は耐えられないってずっと言われてたんだけど、結局は金沢を選んだ。
それもあんまり相談せずに一人で決めてしまったかな?
それが向こうにとってはすごいショックだったらしい。
それもこの前の電話で詳しく知ったわ・・・。
なんとなくはこちらも感づいていたけど直接聞くと何にも答えられないね。
ダメダメだ。

人づてに付き合ってるときに結婚という言葉を言わなかった事もあんまり気に入らなかったらしい。
でも私の考えではいいづらい言葉だ。
そのときって大学生だから稼いでないわけだ。
そのときにそんな責任ある言葉を言えるわけないとその当時は考えてた。
今もそうだと思ってるけどね。

真剣に考えすぎなのかな?
もっと気楽に使っていい言葉?
その人にも聞いてみたけど、それでも女性は言ってもらいたいんじゃない?って事を言った。
その言葉にそれほどの真実味はないとしてもその言葉には安心感があるのかもしれない。
実際、私も分かっていたけどね、その言葉だけが聞きたいって事も。
大学生だから出来ないって向こうも分かっていたと思う。それでもその言葉は聞きたいと付き合ってるときに気付いてた。
気付いていたのだが、私の意固地な考えがそれを言わせなかった。
今考えると馬鹿だなーと思うわ。
私は自分の考えをなんとか貫き通そうと考える感がある。
それが災いだった。
ほとんど原因は分かっている、長い年月で考える時間もあったしね。
それでもあんまり認めたくないと思ってるのかな?
だから問いかけみたいな事を皆に、そして自分にもいい続けてると思う。
まったく・・・。

多分・・・私は言いたいんだと思う。
先日の電話でものどまで出かけていた。
でも言えば多分大変な事になる。
結局自分がかわいいんだろうな。
心の浅い所では、この言葉を言うと彼女の環境が少し壊れてしまうと思っているんだけど、その奥にはそうなった後の展開が想像できないのが怖いんだと思う。



また嘘を書いた・・・。
多分想像できる。
想像できるから避けていると思う。
言ってしまったほうが楽だとも思う。
言わないほうがいいとも思っている。


ああああああああああああああああああああああああああああ。
普段は余り考えないようにしている。
どうせ考えても自分の中で結論は出ないと思っているから。
本当か?


なんか中途半端だが今日はこのぐらいで。
わけ分からない文章だろう。
心に思った事をなんも考えもせずただ書きなぐってみた。
見てもわけ分からんでしょうが、時々は許してね。
posted by ルイサイファ at 01:16| 石川 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月18日

仮面

こんにちわ。
久々土曜に家にいるルイサイファです。

今頃小説にはまっている。
まージャンルは偏っていて、猟奇殺人推理小説か伝奇小説しか読んでいないのだが、この手の小説にはよく仮面をかぶっている人物が登場する。
私が読んでいる伝奇小説には必ずといっていいほど出てくる。
そこで今回は私が思っている仮面に対する考え方を書いてみたい。

仮面というのは顔を隠すものである。
仮面をかぶる目的というのはどういうものだろうか?
もちろん顔の傷を隠すものや何らかの理由でかぶるものだろうが、秘匿性という理由も存在するだろう。

今もあるかは知らないが昔「仮面舞踏会」というのがあったらしい。
私のイメージでは高貴(好奇)な方々が仮面を被りながら踊りやらなんやらしてるというものだが、これこそ秘匿性のための仮面だろう。
自分の素性を隠しながら色々お話したり踊ったり・・・。
中には情報の交換が行われていたのだろう。
顔が見えていたら言えないだろう身内の情報なども流すものもいたかもしれない。
政敵の悪言だって通常より言えただろうし。

まー仮面の効果というのはそれだけではないと思っているが。
よく風俗の広告にも目だけ手で隠されてる写真が載っているだろう。
あれは上に示すような秘匿性の効果もあるのだが、もう一つの効果があるらしい。
人というものは隠されたもの、ないものをを想像するスキルがある。
それも良い方向に考える。
だから風俗の写真などで目だけ隠されていると、その女性か男性か知らないが美しく、かっこよく頭の中で想像するのだ。
そしてその顔のままお店にいってしまうということ。

仮面舞踏会もそれと同じ効果。
仮面舞踏会の仮面も良く見るやつだと目だけ隠してる。
あれで人は実際の人物をよりいいものとして認識する。
まーその時だけだという考えが色々と大胆なものにしていくとも考えられるが。


顔を隠すのではないが、他の例として「ミロのヴィーナス」がある。
ミロのヴィーナスには両腕が欠落している。
まーきっかけは漫画で知ったのだが、それだけでは何なのでネットでも調べてみた。
ミロのヴィーナスは一体だけ作られたわけではなく何体も造られた愛の女神アフロディーテの像の一体らしい。
この腕が自然に落ちたのか、人によって切り落とされたかは定かではないがこの失われた腕のおかげでこの女神像は今の地位を手に入れた。
人々はこの腕がどのようなものであったのか想像するのだ。
人によってこの腕の形は様々。
実際、芸術というものは作者が半分造り、後半分は観る者が造るという者もいる。
今までに名作品として世に残っている作品にはが多くあるものが沢山ある。
この謎を観る人が考え、想像し芸術作品は完成する。


仮面からずれたか・・・。
まー、考え方としては同質のものと思ってるからいいか。
自分事だが私がやっているネットゲームで私は仮面をよく好む。
っていうか仮面をはずす事がほとんどない。
私は自然に仮面を好んだのだが、上のような考えがあっての事だろうか?

自分でも分からぬ考えを仮面で包んで濁すようにこのお話を終わる。
(最後をうまく締めることができないためだけどね!後で書き足すかも)
posted by ルイサイファ at 11:58| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月08日

親が子供を大人になったと思う瞬間

はい、こんばんわ。
ルイサイファです。
お久しぶりです。

さて、タイトルどおり親が子供を大人になったなと思う瞬間なのだが、私は親になったとこなどないので子供の視点から書きたいと思う。

結構前かな?一年位前かもしれない。
正月かおじいさんの何回忌だったか忘れたが、私の家で親戚が結構集まってお酒の席が開かれたことがあった。
私は家族でお酒を飲むことが少ないのだが、親戚が久しぶりに集まったので私もそれに加わり皆さんと話しながらワーワー飲んでいたのだが、その席が終了して親戚が帰った後、家族だけになった時にこんな感じなことを言われた。

お前、成長したな。

これを聞いた時、はぁ?と思いその理由を聞いたのだが、どうやら親戚陣の中で皆に自然にお酒を注いだり話をしたりする姿の中にそのような成長が垣間見えたらしい。

私は大学でサークルに入っていて先輩たちとお酒を飲むのが好きだったため、このような席は得意なのかもしれないが、自分自身が思いもしない時に親や他人は何かを思うのかもしれない。

皆さんもそういう経験あるだろうか?
私も親になったらふとしたことに成長したな・・・と思うことがあるのだろうか。
posted by ルイサイファ at 23:10| 石川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | こころ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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